この記事はこんな方におすすめ
- 「AIって聞くけど、船の仕事にどう使えるの?」と思っている船員の方
- 乗船中の孤独・不安・判断に困った経験がある方
- 海技士試験の勉強を効率化したい方
※この記事でいう「AI」は、ChatGPTやClaude等の対話型AIチャットサービスのことです。無料プランでも十分使えます。AIの回答には誤りが含まれる場合があるため、命に関わる判断や法的判断は必ず公式情報・専門家に確認してください。
なぜ船乗りにAIが必要なのか


「AI」と聞くと、自動運航船や配乗計画の最適化など、会社や業界レベルの話を思い浮かべるかもしれません。
しかしこの記事で伝えたいのは、そういう大きな話ではありません。「あなた個人のスマホに入っているAIチャットが、乗船中のあなたの武器になる」という話です。
船乗りの仕事環境には、陸の仕事にはない4つの特殊な条件があります。
① 通信環境が不安定
港を出れば圏外になることも珍しくありません。調べものをしたくても、そもそもネットにつながらない時間帯があります。
② 相談相手が物理的に限られる
陸なら友人にLINEしたり、同期に電話したりできます。船の上では、乗組員以外に相談できる相手がいません。しかもその乗組員が問題の当事者であるケースも多いです。
③ 情報の鮮度が数ヶ月止まる
乗船中は世間の動きから切り離されます。法律が変わっていても、制度が更新されていても、気づけないことがあります。
④ 調べたくても書籍がない
船内に六法全書や専門書を持ち込んでいる人は少数派です。「あれ、これって法的にどうなんだっけ?」と思っても、調べる手段がないまま流されてしまいがちです。
この4つの条件が重なる環境は、陸の仕事にはほぼ存在しません。だからこそ、限られた通信時間の中で「何でも聞ける相手」が手元にあることの価値は、陸の人の比ではないのです。
以下では、筆者が実際に使っている・船員にとって効果が高いと感じた活用法を8つ紹介します。
① 海技士試験の勉強パートナー


筆者は4級海技士(航海)の口述試験対策で、実際にAIを使いました。具体的には以下の流れです。
ステップ1:頻出問題をAIに投げて模範解答を作らせる
口述試験でよく出る問題をリストにして、AIに「20秒以内で答えられる簡潔な模範解答を作って」と指示します。
ステップ2:AI試験官で模擬練習
AIに「口述試験の試験官役をやって。1問ずつ出して、私の回答を採点して」と伝えます。声に出して答えるのがポイントです。頭では分かっていても口から出てこない問題が見つかります。
ステップ3:Ankiカードに変換
AIに「AnkiにインポートできるTSV形式で出力して」と頼めば、そのまま暗記カードとして取り込めます。
ただし、AIの回答は100%正確ではありません。法規の条文番号や専門用語の定義は、必ず海技試験六法やテキストで裏取りしてください。AIは「勉強の効率化ツール」であって、「唯一の情報源」にしてはいけません。
筆記試験の対策でも、過去問の解き方を説明させたり、天測計算の手順を1ステップずつ確認したりといった使い方が可能です。
→ 4級海技士(航海)口述試験の答え方|出題69問の模範解答+鉄板TOP10+受験地別傾向
②「この船ヤバくない?」初乗船の判断材料にする


初めての船に乗って、「あれ?」と感じることがあります。
安全教育がない。救命設備の点検がされていない。乗船前に聞いていた条件と違う。そういう違和感があっても、船の上では周りに確認できる相手がいません。先輩に聞いても「うちはこういうもんだよ」で終わることもあります。
そんなときにAIに状況を伝えると、「それは法的に問題がある可能性があります」「一般的にはこの手続きが必要です」といった客観的な判断材料を出してくれます。
たとえば、こんなふうに聞けます。
プロンプト例:
「今日初めての船に乗ったんだけど、乗ったら『荷物置いたら飯食って』で終わり。安全教育なし、救命胴衣の場所も教えてもらってない、非常配置表も見当たらない。これって普通?法的にアウトじゃない?」
AIは船員労働安全衛生規則や船舶安全法の観点から回答してくれます。ただしAIの回答だけで法的判断を確定させないでください。「おかしいかもしれない」という気づきを得るためのツールとして使い、本気で問題があると感じたら運輸局への相談を検討しましょう。
③ 会社の指示、法的に正しい?セカンドオピニオン


船の上で会社から電話一本で言われたこと。それが法的に正しいのかどうか、船の上では調べようがありません。
たとえば、こんな場面です。
・労働時間管理表を法定時間内に収まるよう書き直すよう指示された
・「有給は取れない」と一方的に言われた
・休暇の予定を直前で短縮された
・「次の港まで降ろさない」と言われた
こういった場面で、AIに「船員法ではこのケースはどう定められていますか?」と聞くと、関連する法律の条文や一般的な解釈を返してくれます。
プロンプト例:
「会社から『労働時間の管理表、法定内に収まるように直して出して』って言われた。実際は毎週75時間以上働いてる。休息時間も6時間取ったことにして辻褄合わせてる。これって船員法的にどうなの?断ったらクビにされる?」
もちろんAIは弁護士ではないので、法的助言にはなりません。しかし「自分の状況が法的にどの程度問題なのか」を把握する入口としては非常に有効です。「これはおかしい」と確信が持てたら、次のアクションとして運輸局や労務官への相談を検討できます。
④「辞めたい」が航海中に来たときの壁打ち相手


「辞めたい」という気持ちは、たいてい船の上で爆発します。人間関係が限界に達した夜、理不尽な指示を受けた直後、休暇が短縮された電話の後。
でも、そのタイミングでは冷静な判断ができません。友人にも電話できない。感情に任せて会社に電話して、後悔するケースもあります。
そこでAIを「感情の整理→状況分析→判断材料の提示」という壁打ち相手として使います。
プロンプト例:
「もう限界。辞めたい。船長に毎日キレられて飯も喉を通らない。休暇も30日って聞いてたのに20日しかもらえてない。給料も求人票と3万違う。でも辞めたら次がない気もする。感情的になってる自覚はある。冷静に整理してほしい。辞めるか続けるか、何を基準に判断したらいい?」
AIは感情を否定も肯定もせず、「確認すべきポイント」を構造化して返してくれます。たとえば「退職前に確認すべき経済面」「法的に請求できる可能性があるもの」「転職市場で有利に働く要素」など。
感情的な状態でいきなり決断するのではなく、「まずAIに壁打ちして整理する→落ち着いてから行動する」という一段階を挟むだけで、判断の質は大きく変わります。
⑤ 閉鎖空間の人間関係、吐き出し先としてのAI


船は24時間、同じメンバーと同じ空間で過ごします。嫌いな相手と食堂も風呂も同じ。陸のように「帰宅してリセット」ができません。
そのストレスの吐き出し先として、X(旧Twitter)の鍵アカウントを使っている船員もいます。しかしこれにはリスクがあります。
・感情的に書いて身バレする(船名、航路、積荷などの情報から特定されることがあります)
・スクリーンショットで拡散される可能性がある
・鍵垢でも「いいね」や「リプ」から人間関係が漏れる
AIに吐き出すほうが安全です。「今日こんなことがあって腹が立った。整理を手伝ってほしい」と伝えれば、感情を受け止めつつ状況を整理してくれます。
ただし1点注意があります。AIチャットの入力内容は、サービスによっては機械学習に使用される可能性があります。会社名や個人名など、特定できる情報は入力しないようにしましょう。ChatGPTなら設定で「チャット履歴とトレーニング」をオフにすることもできます。
感情をいったんAIに出して整理してから、「本当にSNSに書くべきか?」を冷静に判断する。この一手間が、身バレや後悔を防ぎます。
⑥ 乗船前の予習+「AIは嘘をつく」前提の使い方


転職直後や船種チェンジのタイミングは、「乗ってから何もわからない」状態が一番つらいときです。先輩に聞きたくても忙しそう。聞いたら「そんなことも知らないのか」と言われる。
乗船前にAIに聞いておけば、少なくとも「完全にゼロ」の状態は避けられます。
プロンプト例:
「来月からケミカルタンカーに乗る。今まで白油しか経験ない。ケミカルって荷役の手順どう違うの?乗る前に最低限知っとかないとヤバいこと教えて。あと現場で飛び交う用語で白油にはないやつあれば一覧で出して」
ここで非常に重要なのが、AIの回答を鵜呑みにしないことです。
AIは自信満々に間違えます。専門用語の定義がずれていたり、法規の条文番号が違っていたりすることがあります。特に海事分野はAIの学習データが少ないため、陸の法律や外航の規則と混同するケースがあります。
「AIは嘘をつく」を前提にした使い方のルール:
① AIの回答は「とっかかり」として使う
全体像をざっくり掴むために使い、詳細は公式テキストや先輩に確認する。
② 数字・条文番号は必ず裏取りする
AIが出した条文番号をそのまま信じず、六法や公式サイトで確認する。
③ 「わからないなら『わからない』と言って」と指示する
AIは聞かれたことに何かしら答えようとするため、知識がない分野でもそれっぽい回答を生成します。「知らない場合はその旨を明記して」とプロンプトに入れるだけで精度が上がります。
⑦ オフラインでも使える準備術


AIチャットはインターネット接続が前提のサービスです。港を出れば圏外になる船では、リアルタイムでの利用が難しい場面があります。
だからこそ、乗船前の準備が重要です。
準備①:よく使うやり取りをPDF化して保存
AIとのチャットをPDFやスクリーンショットで保存しておけば、圏外でもスマホで見返せます。海技士試験の模擬問答、法令の要点整理、船種別の基礎知識など、繰り返し見たい内容はあらかじめ保存しておきましょう。
準備②:プロンプトのテンプレートをメモアプリに保存
「港に着いたらこれをAIに聞く」というプロンプトを事前にメモアプリに書いておきます。通信が使える短い時間を最大限活用できます。
準備③:港で通信できる時間を有効活用する
内航船は沿岸航路が多いため、完全に圏外になる時間は外航ほど長くありません。港や沿岸で通信できるタイミングで、まとめてAIに質問しておき、回答をスクリーンショットで保存する習慣をつけると効率的です。
準備④:オフライン対応のAIアプリを検討する
一部のAIアプリにはオフラインモードを搭載しているものがあります。性能は接続時に比べて落ちますが、簡単な質問や文章整理なら十分使えます。今後のアプリ開発次第で、さらに実用的になる分野です。
⑧ 司厨の買い出し先調査(番外編)


司厨(船のコック)は、寄港先で食材の買い出しをする必要があります。しかし初めての港では土地勘がなく、限られた時間でスーパーを回るのは大変です。
乗組員に聞いても「前は○○があったけど、もう潰れたかも」という古い情報しか出てこないこともあります。
AIに「○○港(住所)の周辺で、業務用食品が買えるスーパーや卸売市場を教えて」と聞けば、候補をリストアップしてくれます。Web検索機能付きのAI(ChatGPTのBrowsing機能など)を使えば、営業時間や定休日も確認できます。
司厨に限らず、「知らない土地で短時間で情報を集める」という場面では、AIの情報整理能力が役立ちます。
まとめ|AIは「もう一人の乗組員」ではなく「道具」
この記事のポイント
- 船乗りの仕事環境(通信不安定・相談相手なし・情報断絶)はAI活用と相性が良い
- 海技士試験、初乗船判断、法的セカンドオピニオン、転職の壁打ちなど、実務から人生判断まで幅広く使える
- AIの回答は「とっかかり」。命に関わる判断・法的判断は必ず公式情報で裏取りする
- オフライン環境でも、乗船前の準備次第で十分活用できる
AIは万能ではありません。嘘をつくこともあるし、専門分野では的外れな回答を返すこともあります。
しかし、「船の上で誰にも聞けない状況で、最初のとっかかりを出してくれる」という一点において、AIはこれまでにない武器になります。
船の上の判断は、命に直結します。航海中の操船判断、荷役中の安全判断——こういった場面でAIに頼るのは絶対にやめてください。AIが力を発揮するのは、「考える時間があるが、情報と相談相手がない」場面です。
使い方さえ間違えなければ、AIは船乗りにとって最も手軽で、最も頼りになる「道具」です。
※この記事は筆者の実体験に基づく個人の見解です。AIの回答は参考情報であり、法的助言や専門的な判断の代替にはなりません。命に関わる判断、法的判断、医療判断は必ず専門家や公式機関に相談してください。