この記事はこんな方におすすめ
- 「船員法が改正されたって聞いたけど、何が変わるの?」
- 「求人の嘘がなくなるって本当?」
- 「手帳のデジタル化って何が変わるの?」
船員法が変わった。で、俺たちの何が変わるの?















2025年5月に「船員法等の一部を改正する法律」が公布され、2026年2月から段階的に施行されています。
改正の柱は大きく3つです。
①船員不足への対応:求人情報の嘘を禁止+快適な船内環境を作る努力義務
②国際規制への対応:安全訓練(STCW基本訓練)を全船員に義務化
③デジタル化:船員手帳の電子化で、紙の手帳に頼らない証明方法を整備
施行は一気に全部ではない
今回の改正は段階的に施行されます。2026年2月14日に基本訓練の法制化がまず始まり、4月1日から一部の資格手続のデジタル化、5月13日から求人情報の的確表示や快適な海上労働環境に関する規定が施行されます。
転職や面接で使いたい人は、内容だけでなく施行日もセットで覚えておくと動きやすくなります。
この記事では、法律の条文解説ではなく「現役船員にとって何が変わるのか」「自分の武器としてどう使えるのか」にフォーカスして解説します。
【改正①】求人情報の「的確な表示」が義務化された















今回の改正で、船員職業安定法も併せて改正されました。船員の求人情報について、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示が明確に禁止されています。
対象は船員職業紹介事業者だけではありません。「募集情報を取り扱う者」全般が規制対象です。
では、これまでの現場はどうだったか。












































こういった「手取りの定義をずらす」「条件を曖昧にする」手口が日常的に横行してきたのが、この業界の現実です。
求人票で最低限チェックすべき5項目
法改正で的確表示が義務化されたとはいえ、求人票を見るときは自分の目で確認するクセをつけておいた方が安全です。応募前・面接前に最低限チェックしておきたいポイントは以下の5つです。
・総支給か手取りか:住民税・寮費・食費・旅費がどこまで含まれているか
・乗船サイクルと休暇の起算:「3ヶ月乗船1ヶ月休暇」の1ヶ月は暦日か実日か
・資格手当・航海手当・残業の計算方法:基本給に込みか別支給か
・WiFi・個室など船内環境:「あり」の中身を具体的に確認する
・試用期間の条件変更:本採用後と条件が変わるケースがないか
法改正で「的確表示の義務化」が入ったこと自体は前進です。ただし、グレーゾーンをどこまで取り締まれるかは未知数です。「月収30万」と書いて実際は住民税込み28万だった、みたいなケースを行政がどこまで監視できるのか。
船員ができること:この改正を「武器」として知っておくことです。面接や入社前の段階で「船員法改正で求人の的確表示が義務化されましたが、この求人票の条件に相違ありませんか?」と聞くだけで、会社へのかなりの牽制になります。
求人票が怪しいと感じたら──証拠と相談先
的確表示が義務になっても、あとから「言った・言わない」になると弱いです。気になる求人を見つけたら、募集画面のスクリーンショット・掲載日・会社名・担当者名・面接で言われた条件・内定後の条件書は残しておきましょう。
もし条件が食い違った場合の相談先は2つあります。
・海のハローワークネット:求人そのものについての相談(求人情報と実態が違う等)
・地方運輸局の「船員労働の総合相談窓口」:賃金・休日・退職トラブルなど、労働条件全般の相談
法律を知っているだけでなく、証拠を残して動けると強いです。
この改正の背景にある人手不足がどのくらい深刻なのかは、求人データで見ると一目瞭然です。
船員の人手不足データ
-



-
船員の人手不足を数字で見る|求人倍率4.97倍の実態
船員の有効求人倍率は4.97倍。国土交通省のデータをもとに、求人・求職・成立数の3年間の推移と、甲板部・機関部の求人倍率の差を整理しました。
【改正②】「快適な船内環境」が努力義務に…でも努力義務って何?















改正船員法では、国が策定するガイドラインに基づき、船舶所有者に以下の努力義務が課されました。
・船内作業方法の改善(係船の自動化など)
・船員室の充実化
・船内での通信環境の改善(=WiFi)
・疲労回復施設の整備
ここで重要なのは「努力義務」という言葉の意味です。
努力義務=やらなくても法律違反にならない。罰則はありません。極端に言えば「お気持ち表明」に近い。
国交省側では「快適な海上労働環境」の指針を策定中で、案には係船の自動化、船員室の新設・拡大、船員室でのインターネット利用確保などが盛り込まれています。指針の内容自体はまともですが、それが現場に届くかは別問題です。
そもそも、2022年の働き方改革で「労働時間の把握」が義務化されましたが、現場はどうなったか。

































船員の労働時間のルール(1日14時間・週72時間の上限)と、改ざんの実態についてはこちらで詳しく解説しています。
自分の労働時間を自分で記録するアプリ
-




-
船員の労働時間を自分で記録するアプリ|無料・オフライン対応・改ざん検知つき
会社の労働時間データは会社のもの。自分の記録は自分で持っておく必要があります。ワンタップ打刻・写真添付・改ざん検知に対応した無料アプリで、電波がなくても使えます。
義務化された「労働時間把握」ですらこの有様です。努力義務の「快適環境」がどこまで浸透するかは、正直なところ期待しすぎない方がいい。
筆者の経験でも、WiFiは「ある」と言えばありましたが、機器が古くて電波を拾いにくく、実質使いものにならないという状態でした。しかも面接や求人の段階でWiFiの通信環境について説明があったことは一度もありません。「WiFiあり」と「快適にネットが使える」は別物です。
ただし、会社選びの判断材料としては使えます。面接で「船員法改正で船内の通信環境整備が努力義務になりましたが、御社のWiFi環境を教えてください」と聞けば、会社の姿勢が見えます。まともな会社なら具体的に答えるし、ごまかす会社はそういう会社です。
【改正③】安全訓練(STCW基本訓練)が全船員に義務化















2026年2月14日から、船員法の対象となるすべての船員に「基本訓練」が義務化されました。
訓練は4種類です。
①生存訓練:救命胴衣の着用、高所からの飛び込み、救命いかだの復正など
②消火訓練:呼吸具の着用、消火器による火災消火など
③応急訓練:けがや疾病に対する応急処置
④安全社会訓練:非常時の手段、海洋汚染防止、船内コミュニケーション
このうち①生存と②消火は実技講習が必要で、5年ごとに能力維持証明を更新しなければなりません。雇入届出の際に修了証の提示も求められるようになりました。
法律として明確化されたこと自体は良いことです。ただし現場目線で言うと、「いつ」「どこで」「誰の金で」受けるのかが問題です。大手なら会社が手配してくれますが、小さい船会社ほど「そんなの知らん」で放置する可能性がある。
筆者自身、レーダー観測者講習の1年以上後にARPA講習を受けた経験がありますが、作図(プロッティング)を完全に忘れていて苦労しました。訓練を「受けた」と「できる」は別物です。義務化と同時に、訓練の質を維持する仕組みが機能するかどうかがカギになります。
基本訓練の修了証まで確認しておく
改正後は、船舶所有者が雇入契約を締結した際に基本訓練を実施し、修了証を交付して記録を残すことが求められています。国交省の基本訓練ページには、登録実技講習機関の一覧や訓練用テキスト・動画も公開されています。
未経験でこれから船員を目指す方は、「基本訓練はどのタイミングで受講させてもらえますか?」「修了証はいつもらえますか?」「費用や交通費は会社負担ですか?」の3点を入社前に確認しておいた方が安全です。
【改正④】船員手帳のデジタル化──ブラック対策になるか?















デジタル化で変わること・変わらないこと
改正では、船員手帳への記載・証印によらない乗船履歴の証明方法が整備されました。ただし、手帳そのものがなくなるわけではありません。
国交省の資料によると、2027年4月から新しい様式の船員手帳が発行される予定で、マイページ連携やQRコードで情報へのアクセス性を高める設計が進められています。一方で、労務管理記録は船舶所有者が管理し、船員へ写しを交付するという整理です。
「全部オンラインで自分で見られるようになる」と期待しすぎると、現実とのギャップが出ます。デジタル化はあくまで証明方法の多重化であり、紙の手帳がすぐに廃止されるわけではない点は押さえておきましょう。最終的には2037年の完全オンライン移行を目指す長期計画です。
それでも「ブラック対策」になる理由
「手帳のデジタル化」と聞いてもピンとこないかもしれません。しかし、これはブラック対策として地味に最も効く可能性がある改正です。
なぜか。この業界には「下船中に船員手帳を会社が預かる」という違法行為が横行しているからです。

































船員法50条2項には「船長は、海員の乗船中その船員手帳を保管しなければならない」と書いてあります。つまり、下船中に会社が手帳を保管するのは法的根拠がありません。しかし現実には「預かっておくよ」の一言で手帳を取り上げ、辞めさせないようにする会社が存在します。
筆者自身も、ある会社で「返すのめんどくさいから預かっとく」と言われたことがあります。「使うんで返してください」と伝えたら返してもらえましたが、強く言えない人はそのまま預けっぱなしになっていました。
手帳がデジタル化されれば、物理的に「取り上げる」ことができなくなります。これは船員の退職の自由を守る上で、大きな一歩です。
今すぐ手帳を返してもらえない人へ──初動3ステップ
完全移行は2037年。それまでは紙とデジタルの併用期間です。今現在、手帳を返してもらえない状況にある人は、以下の3つを押さえておいてください。
①返還請求はLINEやメールでも記録に残す
口頭だけだと「言った・言わない」になります。「船員手帳を返却してください」とテキストで送っておくだけで、あとから証拠になります。
②返還を拒否された場合は、文言・担当者名・日付を保存する
誰が、いつ、何と言って拒否したのかを記録しておきましょう。
③返ってこなければ、地方運輸局の船員労働相談窓口へ
手帳の不当保管は船員法に基づく問題です。一人で抱え込まず、相談窓口を使ってください。
「免状の書き換えに行くので返してください」という切り出し方も有効です。船員法50条2項の存在を知っているだけで、自分を守る武器になります。
まとめ:法律が変わっても、使わなければ意味がない















この記事のポイント
- 施行は段階的 → 2月基本訓練、4月デジタル化の一部、5月求人的確表示
- 求人の的確表示が義務化 → 入社前の確認+証拠保存で「武器」になる
- 快適環境は努力義務止まり → 会社選びの判断材料として使う
- 安全訓練の義務化 → 修了証の交付まで確認する
- 手帳デジタル化 → ブラック対策の本命(ただし完全移行は2037年)
- 法律を知っている船員が増えること自体が、業界を変える一番の近道
法律が変わっただけでは何も変わりません。でも、法律の中身を知って、面接で聞く・退職時に使う・おかしいと思ったら根拠を持って声を上げる。その積み重ねが、この業界を少しずつ変えていくんだと思います。
関連記事
-




-
乗ってはいけない船会社の見分け方|求人票で分かるブラックサインと面接チェックリスト
旅費を全額出さない、手帳を預けさせる、乗船延長が常態化──ブラック船会社に共通する11の特徴と見分け方を、3社経験の現役船員がチェックリスト形式でまとめました。求人の落とし穴と自衛策も解説します。
-



-
船員の退職マニュアル|船員法42条から手順を全解説
船員の退職は陸とルールが違います。船員法42条の「24時間ルール」、損しない退職タイミング、辞めさせてくれない場合の対処法、退職後の書類トラブルまで、3社で退職経験のある筆者が解説します。
-



-
未経験から船員に転職する完全ガイド|求人の探し方から最初の3ヶ月まで
未経験・無資格でも船員にはなれます。年齢別の現実、求人の探し方、面接で確認すべき10項目、最初の3ヶ月の乗り越え方、ブラック船会社の避け方まで、3社転職した現役船員がまとめました。
※この記事は筆者の3社勤務経験、および掲示板・業界関係者からの情報をもとに構成しています。法改正の詳細は国土交通省の公式資料をご確認ください。施行スケジュールや制度の運用は今後変更される可能性があります。

