この記事はこんな方におすすめ
- 「船員の労働時間って法律上どうなってるの?」
- 「1日14時間・週72時間って本当?現場はどうなの?」
- 「労働時間の記録が改ざんされてる気がする…」
※この記事は筆者の3社5年の勤務経験、および掲示板・業界関係者からの情報をもとに構成しています。労働時間の実態は会社・船種・航路・時期により異なります。法的な判断が必要な場合は運輸局や専門家にご相談ください。
船員の労働時間は法律でどう決まっている?


船員の労働時間は、陸上の労働者に適用される労働基準法ではなく、船員法(第60条〜第72条)によって規定されています。
基本ルールはこうです。
【原則】
・1日あたり8時間以内
・1週間あたり平均40時間以内(基準労働期間で平均)
ここまでは陸上の労働者とほぼ同じです。ただし、船は24時間動いているため、例外が非常に多いのが現実です。
【上限(時間外労働を含む)】
・1日あたり14時間
・1週間あたり72時間
これは船舶所有者が船員の過半数代表者と時間外労働協定を締結・届出した場合に認められる上限です。
さらに、「安全臨時労働」の場合は14時間・72時間の上限すら適用されません。荒天時の緊急操船、防火・防水作業、臨時の入出港作業、臨検対応などが該当します。判断は一次的には船長が行いますが、客観的に必要性が認められなければなりません。安全臨時労働であっても割増手当の支払いは必要です。
もうひとつ覚えておきたいのが「緊急作業」です。人命・船舶・積荷の安全確保や他船の救助のための作業は、そもそも労働時間にカウントされません。
船員法と労働基準法の違い
- 適用法令が違う:船員法は国土交通省管轄、労基法は厚生労働省管轄
- 時間外の上限:船員法は1日14時間・週72時間(労基法の36協定とは別の枠組み)
- 安全臨時労働:上限を超えた労働が法律上認められている(労基法にはない概念)
- 監督機関:労基署ではなく地方運輸局の船員労務官が担当
- 退職の申入れ:船員は24時間前でOK(労基法は原則14日前)
ワッチ制度と「24時間拘束」の実態


三直制(4時間×2交代)
航海中の監視はワッチ(当直)制度で回しています。最も一般的なのが三直制で、乗組員を3チームに分け、4時間当直・8時間非番のローテーションを組みます。
・0時〜4時 / 12時〜16時(0-4直)
・4時〜8時 / 16時〜20時(4-8直)
・8時〜12時 / 20時〜24時(8-12直)
1日の当直時間は合計8時間。法定の範囲内に収まる計算です。
M0運転制の場合
M0(機関区域無人化)運転を採用している船では、夜間に機関室を無人化し、異常時のみアラームで対応します。そのため機関士は朝8時〜17時の日勤に近い働き方が可能です。
「拘束時間」という見えない労働
ここまで読むと「意外と普通じゃないか」と感じるかもしれません。しかし、船の労働時間を語るうえで絶対に外せないのが「拘束時間」の概念です。
陸上の仕事なら、勤務時間が終われば自宅に帰れます。船員は違います。当直が終わっても船の上にいます。荒天時には非番でも叩き起こされます。荷役が始まれば当直でなくても作業に駆り出されます。

この「24時間拘束」は法律上の労働時間にはカウントされません。しかし、精神的な負荷は確実に存在します。
スタンバイ時間のおかしさ
船特有の文化として、入出港前の「スタンバイ」があります。スタンバイ時間は公式には入出港の準備開始時刻ですが、実際にはそのかなり前から動き出すのが暗黙のルールです。



このスタンバイ前の準備時間は、記録上は労働時間に含まれていないことが多いのが実態です。
労働時間の長さを決める4つの構造


「タンカーはきつい」「調査船は楽」──こういう話はよく聞きますが、実際は同じ船種でも航路や会社で天と地の差があります。船種名を丸暗記するより、労働時間が長くなる「構造」を理解する方が船選びに役立ちます。
① 本船荷役かどうか
労働時間を最も大きく左右するのは、荷役を船員自身がやるかどうかです。
鋼材船やコンテナ船は陸側のステベ(港湾荷役業者)が積み降ろしを行うため、荷役中の船員の負担は限定的です。一方、タンカー・セメント船・ガット船などは船の設備と乗組員で荷役を行います(=本船荷役)。本船荷役の船では、航海当直に加えて荷役の作業時間がそのまま上乗せされます。


同じ船でも甲板部と機関部で負担に差が出るのは、荷役への関わり方が違うからです。
② 入出港の頻度
次に大きいのが1日に何回入出港するかです。入出港のたびにスタンバイ(準備)→接岸→係船→荷役→離岸の一連の作業が発生します。
近海のピストン輸送をやっている船は、この回数が1日2〜5回になることもあります。長距離航路なら1日1回以下です。同じ船種でも航路が変われば忙しさは一変します。



入出港頻度が高い=スタンバイの回数が多い=まとまった睡眠が取れない。これが労働時間以上に体に効きます。
③ 仮バースが取れるかどうか
仮バースとは、荷役の合間に岸壁に停泊して休むことです。仮バースが取れる船では上陸して買い物や散歩ができ、精神的にも体力的にもリセットできます。
仮バースの頻度は船種以上にオペレーター(運航会社)の方針で決まります。



RORO船やフェリーのような定期航路は、ダイヤ通りに走る以上、構造的に仮バースが存在しません。不定期船(トランパー)は荷主の都合で仮バースが発生することがありますが、オペレーターがきつい運航計画を組んでいれば仮バースゼロということもあります。
面接で「仮バースはどのくらいの頻度で取れますか?」と聞いて、はぐらかす会社は要注意です。
④ 甲板部か機関部か
同じ船に乗っていても、甲板部と機関部では労働時間が大きく違うケースがあります。
荷役は基本的に甲板部の仕事です。本船荷役の船では、甲板部が荷役に追われている間、機関部はエンジンの監視だけで済むこともあります。逆にM0運転の大型船では、機関部は日勤に近い働き方ができます。


上の2つの証言は、同じ「船員」でも部署と船型で見えている世界がまったく違うことを示しています。船種だけでなく「どの部門で乗るか」も労働時間を大きく左右します。
各船種の詳しい特徴(給料・仮バース・荷役の内容・生活環境)は以下の記事でまとめています。
労働時間の記録と「改ざん」の現実


2022年の船員法改正で、船舶所有者には「労務管理記録簿」の作成・備置きが義務化されました。船内で記録した作業開始・終了時刻を陸上の労務管理事務所に送信し、労務管理責任者が確認する仕組みです。
制度としては前進です。しかし、内航船員の転職掲示板では以前からこう言われてきました。

法改正後も、現場では労働時間の記録が実態と乖離しているという声が絶えません。
管理表の「ストーリー作り」



クラウド型の労務管理システムも導入が進んでいますが、船社やオペレーターが陸上から記録を修正できてしまう仕組みでは、記録の信頼性に疑問が残ります。
欠員運航と日誌偽造
さらに深刻なのが、乗組員数そのもののごまかしです。


書類上は法定の当直体制を満たしていても、実際には人数が足りずに1人で回しているケースがあります。僚船の欠員運航が海上保安庁にバレて手入れが入ったという証言もあります。
なぜ改ざんが起きるのか?
根本的な原因は「人手不足」と「運航スケジュールの過密さ」です。荷主やオペレーターからの運航要求に対して、限られた人数で回そうとすれば法定時間を超えざるを得ない。その帳尻を記録で合わせるという構造が、何年も前から繰り返し指摘されています。


休憩時間中に寝るなという命令は論外ですが、実際に「普通のこと」として受け入れている現場もあります。こうした慣習が労働時間の記録を形骸化させている背景のひとつです。
2022年の船員法改正で何が変わった?


2022年4月(第1弾)と2023年4月(第2弾)に施行された船員法改正は、「船員の働き方改革」として以下のポイントを含んでいます。
【第1弾:2022年4月〜】
・労働時間の状況把握の義務化:船舶所有者が船員の労働時間を把握し、労務管理記録簿に記載する義務
・労務管理責任者の選任義務:労働時間・有給休暇・健康状態を管理する責任者を置く
【第2弾:2023年4月〜】
・労働時間の定義の明確化(ガイドライン策定)
・「黙示の命令」(船内慣習で事実上強制されている作業)も労働時間に含むことの明示
・待機時間の扱いの整理
改正の背景には、新人内航船員の定着率が2015年の85%から2020年には78.4%まで低下したという危機感があります(国土交通省「船員法等の改正」より)。
制度自体は歓迎すべき変化ですが、前のセクションで見たとおり、記録の正確性が担保されなければ形骸化するリスクがあります。
船員が自分の労働時間を守るためにできること


① 自分で勤務記録をつける
これが最も重要です。会社が管理する記録とは別に、自分自身で日々の作業開始・終了時刻を記録しておくこと。スマホのメモでも手帳でも構いません。
何かトラブルが起きたとき、自分の記録がなければ「言った・言わない」の水掛け論になります。日付・作業内容・開始終了時刻の3点を毎日つけるだけで、いざというときの証拠になります。
「そんなの面倒だ」と思うかもしれませんが、労働時間の改ざんが当たり前の環境にいるなら、自分の記録だけが自分を守れる唯一の武器です。
② 相談先は労基署ではなく運輸局
船員の労働条件を監督するのは、労働基準監督署ではなく地方運輸局の船員労務官です。


労基署に行っても「管轄外です」と言われて終わります。相談するなら最寄りの地方運輸局です。労務官は船舶への臨時検査も行えるため、一定の抑止力があります。
③ ただし、リスクも知っておく
ここからはきれいごとではない現実の話です。


内航海運は業界が狭く、会社間で船員の情報が共有されることもあります。労務官への相談が「チクった」と見なされ、その後の転職に響くリスクはゼロではありません。
だからこそ、いきなり通報するのではなく、まず自分の記録を蓄積し、転職先を確保してから動くという順番が現実的です。

労務官への通報以外にも、荷主側のコンプライアンス窓口に情報を入れるという手段もあります。大手荷主ほど安全管理に敏感で、下請けオペレーターの労務違反は荷主にとってもリスクです。
④ 環境を変える
労働時間が常態的に法定を超えている会社にいるなら、環境を変えることも選択肢です。このセクションで見てきたとおり、船種や会社によって労働時間の実態は天と地の差です。
まとめ
この記事のポイント
- 船員の労働時間は船員法で規定。原則8時間/日、上限14時間/日・72時間/週
- 安全臨時労働では上限を超えた労働も合法。監督機関は労基署ではなく運輸局
- 「24時間拘束」「スタンバイ前の暗黙の準備」など、記録に表れない労働がある
- 労働時間の長さは「本船荷役か」「入出港頻度」「仮バースの有無」「甲板部か機関部か」の4要素で決まる
- 2022年の法改正で記録の義務化が進んだが、管理表の改ざん・欠員運航の指摘は絶えない
- 自分の身を守るには、自分自身で勤務記録をつけることが最も有効

会社は記録を直せます。でも、あなたが自分でつけた記録は誰にも消せません。
手帳でもスマホのメモでもいい。今日から自分の労働時間を自分で記録してください。それが、あなた自身を守る最初の一歩です。
※この記事は筆者の3社5年の勤務経験、および掲示板・業界関係者からの情報をもとに構成しています。労働時間の実態は会社・船種・航路・時期により異なります。法的な判断が必要な場合は運輸局や専門家にご相談ください。