

内航業界は人手不足が深刻で、求人自体は多いです。しかし「求人が多い=選び放題」ではありません。ブラック企業ほど人が辞めるから、常に求人を出し続けているという現実があります。
この記事では、筆者が3社の内航船会社を経験する中で学んだ「ブラック企業の見分け方」を、チェックリスト形式でまとめました。
※この記事にはネット上の掲示板に投稿された口コミ・体験談を引用しています。個人の体験に基づく情報であり、すべての船会社に当てはまるものではありません。
この記事でわかること
・求人票・電話・面接でブラックを見抜くチェックポイント
・入社後に「おかしい」と感じたときの相談先と知っておくべき権利
ブラック船会社に共通する11の特徴
まずは「こういう会社は避けるべき」という具体的なサインを紹介します。1つでも当てはまれば要注意、2つ以上なら避けたほうが無難です。
①上下船の旅費を全額出さない
筆者の経験上、旅費はブラック度を測る最も分かりやすいリトマス紙です。
乗船のための移動は社命によるものです。まともな会社であれば、会社の規模にかかわらず交通費は全額支給が当然です。「飛行機不可」「新幹線は自由席のみ」「旅費は半額」──こうした条件を提示してくる会社は、その時点でコスト意識の優先順位が船員の待遇より上にあるということです。
現場の声


見分け方

②船員手帳・免状を預けさせる
船員手帳や海技免状を会社に預けるよう求められたら、それは「辞めさせないための首輪」です。手帳や免状がなければ他社に転職できないので、事実上の退職妨害になります。
船員手帳も海技免状も個人に帰属するもので、会社が保管を強制する法的根拠はありません。返却を拒否されたら、地方運輸局に相談してください。
現場の声

③乗船延長が常態化している
「3ヶ月乗船1ヶ月休暇」と聞いて入社したのに、実際は4〜6ヶ月降ろしてもらえない──このパターンは内航業界では珍しくありません。特にタンカーに多い傾向があります。
実態
ひどいケースでは、9ヶ月連続で乗船させられ、仮バースも半年以上ないという会社もあります。こうなると船員は精神的に追い詰められ、乗下船のタイミングで逃げるように辞めていきます。荷役中に基地から脱走を試みた人や、湾内に飛び込んで泳いで岸に向かい保安庁に保護された──という話すら、掲示板では報告されています。

見分け方
面接の段階で「直近1年の実際の乗船期間」を聞いてみてください。「約束通り3ヶ月で下船できていますか?」という質問に、言葉を濁す会社は要注意です。

④休暇の約束を口頭だけで済ませる
零細企業や個人船主の会社では、雇入契約の内容を口約束で済ませるケースがあります。書面がなければ、後から「そんな約束はしていない」と言われても反論できません。
現場の声

自衛策

⑤ボーナスが異常に少ない or ない
内航業界でも、まともな会社であればボーナスは基本給の1.8〜2.5ヶ月分×年2回が相場です。小さな会社でも普通にボーナスを出しているところはあります。
現場の声


見分け方

また、乗船中と休暇中で給料が大きく変わる会社にも注意が必要です。休暇中は航海手当や残業手当がつかないため、「手取り40万」と聞いて入ったのに休暇中は20万台だった、というケースは珍しくありません。額面上の給料だけで判断しないようにしましょう。
内航船員の給料相場や手取りの内訳を知りたい方は、以下の記事で詳しくまとめています。自分の会社が適正かどうかの判断基準になります。
⑥安全管理がずさん
ガスフリーをせずに岸壁に仮バースする、Tシャツにタンクトップでノーヘル作業──こうした安全違反が日常的に行われている会社は、船員の命を軽く見ているということです。
航海管理が崩壊している船
航海日誌にコースが書いていない、鉛筆書き。海図へのコースライン記入もプロッターの航跡記録もなし。ゴミは海洋投棄。アンカーの効き確認すらしない──こんな船が、今でも実在します。


荷役・作業の安全を軽視している船
暴風雨の中でも平然と荷役を続けさせたり、ピッチングの中でガスフリーとタンクリーニングを同時にやらせたりする会社もあります。
さらに深刻なのが、危険な荷物を扱う際の安全装備です。たとえばコークス(石炭コークス)の荷役で、不織布マスクしか支給しない船があります。コークス粉塵は塵肺の原因になり得る危険物質で、本来はRL3仕様の防じんマスクが必要です。




安全に対する感覚が麻痺している船に、自分の命を預けてはいけません。

⑦厚生年金や手当を会社がピンハネしている
これは入社してすぐには気づけない「見えないブラック」の典型です。
手口
給料明細上は手取りが多く見えるのに、実は厚生年金の標準報酬月額をありえない最低等級で届出していた──こんなケースが実際にあります。
仕組みはこうです。たとえば手取り45万円もらっていても、会社が届け出ている標準報酬月額は20万円弱。会社が負担する社会保険料は報酬月額に連動するので、低く届け出るほど会社のコストは下がります。その分、船員の将来の年金額が大幅に減ります。会社側は「お前の手取りを増やすための特別配慮だ」と言い張りますが、得をしているのは会社だけです。



ちなみに、運輸局の求人情報が「手取り金額」で表示されていることが多い理由も、この構造と無関係ではありません。基本給+手当の内訳を正直に出すと、標準報酬月額との乖離が目立ってしまうからです。
被害の実態
具体的にどれくらい損をするのか、数字で見てみましょう。


月額8万円の差は、65歳から85歳までの20年間で計算すると約1,920万円の損失です。


老齢年金だけでなく障害年金や遺族年金にも影響するため、船員にとっては文字通り「命に関わるお金」です。
自衛策

→ 有料note「未経験→3社転職して分かった内航船員のリアル」
⑧食料金を船長や会社が横領している
自炊船では食料金が個人に支給されるのが普通ですが、船長が食料金を全額徴収し、釣銭だけをたまに渡すという会社が実在します。これは会社公認のルールとして運用されていることもあります。
実態
さらに悪質なのが、食料金そのものを支給しないケースです。船員法80条には「船舶所有者は、船員の乗船中、これに食料を支給しなければならない」と明記されていますが、一杯船主の中には、母港停泊中は「船内の食料に手をつけず自分でどうにかしろ」と言う会社もあります。商店もないような離島で、自費で食料を調達しろというわけです。


自衛策

⑨定員割れ(欠員)のまま航行している
乗組員が法定の定員を満たしていないのに出港する──これは船員法違反であると同時に、乗っている全員の命に関わる問題です。
実態



⑩組合加入を禁止する・退職を妨害する
入社時に「組合活動をしない」という誓約書を書かせる会社があります。「組合に加盟したら辞めさせる」という脅し文書まで添えられていることもあります。
労働組合への加入は、労働者に認められた正当な権利です。会社がこれを妨害するのは労働組合法で禁止された「不当労働行為」にあたります。入社時にこうした書面が出てきたら、その会社の体質がよく分かるサインだと思ってください。
組合妨害

退職妨害
退職を伝えた後の妨害も深刻です。「今後どこの会社の船にも乗れなくしてやる」と脅すケースや、休暇中に伝えたら毎日引き止めの電話、出なければ家庭訪問、転職先に連絡してあることないこと吹き込む──こうした会社が実在します。


さらに悪質なのが、前の会社が転職先を特定して直接妨害するケースです。


退職時に「制服・防寒着・安全靴の買い取り」を要求されるケースもあります。

入社時に説明のなかった費用を退職時に請求するのは、事実上の退職妨害です。こういう会社は他の部分もブラックであることがほとんどです。
対処法

船内での暴力・無視・いじめなど、人間関係のトラブルに直面している方は以下の記事も参考にしてください。
⑪履歴書の個人情報を雑に扱う・漏洩する
これは転職活動中に自分の身を守るために、全員が知っておくべき話です。
実態
不採用になった会社に送った履歴書が、そのまま食堂に放置されていたり、もっと悪質なケースでは不採用者の個人情報をリスト業者に売り渡していた会社すらあります。前の会社に無断で素性確認の電話をかけるのも、本来やってはいけないことです。


自衛策
自衛策はシンプルです。不採用の通知を受けたら、必ず「履歴書の返却または破棄」を書面で依頼してください。口頭ではなく、メールやFAXなど記録が残る形で伝えるのがベストです。

求人の探し方と落とし穴
海のハローワークの注意点
地方運輸局の求職登録(いわゆる「海のハローワーク」)は、無料で使える船員向けの求職サービスです。登録すれば会社側からスカウトが来ることもあり、転職活動の第一歩としては有効です。
ただし、ここに掲載されている求人には、ブラック企業が混じっている可能性が高いことを知っておく必要があります。
理由は構造的なものです。ハローワークの求人掲載は無料。つまり、求人にお金をかけたくない(かけられない)会社でも掲載できます。有料の求人サイトに出稿する余裕がない会社が、無料枠を使って人を集めている──そういうケースが一定数あります。

求人票の数字を鵜呑みにしない
求人票に書かれた条件が実態と大きくかけ離れているケースは珍しくありません。

「給料良いですよ」「休暇は回りますよ」「みんな良い人ですよ」──この3つを強調してくる会社は要注意です。本当に良い会社は、わざわざアピールしなくても人が辞めないので、常時求人を出す必要がありません。
求人票の年間休日にも注目してください。休日50〜60日と書いてある時点でブラック確定ラインです。陸上の会社なら週休2日で年間休日120日前後が当たり前。それが50〜60日ということは、まともな休暇サイクルで回す気がないことを数字で宣言しているようなものです。

なお、2026年5月施行の船員法改正で、求人時の条件明示義務が強化されます。求人票の嘘や曖昧な記載が法律上もNGになる方向です。
頻繁に求人が出ている会社は要注意
海のハローワークの求人を定期的に見ていると、毎月のように同じ会社が求人を出していることに気づきます。人が入ってもすぐ辞めてしまうから、常に求人をかけ続けるしかないのです。
筆者も3年間海のハローワークを観察しましたが、頻繁に求人をかけている会社はあまり良い噂を聞かない会社ばかりでした。改善する努力をしないで、人材を使い捨てのように使う会社には関わってはいけません。
中には、未経験者に対して「免状もないお前を雇ってくれるのはウチくらいだ」と洗脳してくる会社もあります。たしかに未経験で入れる会社は限られますが、そういう会社でも1年もいれば一通り覚えられるので、他社では即戦力として歓迎されます。最初の会社がブラックでも、経験を積んでから転職すればいいのです。「ここしかない」と思い込まされることが一番危険です。
海技者セミナーは信頼度が高い
一方、海技者セミナー(船員就職面接会)は、比較的信頼できる求人の場です。
理由はシンプルで、出展する会社側にそれなりの費用がかかるからです。ブースの出展費を払ってまで人を採りたい会社は、ある程度の経営基盤があり、船員の採用に本気で取り組んでいるケースが多いです。
セミナーの最大のメリットは、採用担当者と直接顔を合わせて話ができること。求人票だけでは分からない船内の雰囲気や、会社の方針を肌で感じ取ることができます。訪船見学が可能かどうかを、その場で打診することもできます。

会社名非公開の求人は一概に悪くない
船員求人サイトを見ていると、企業名を伏せて掲載している求人があります。一見怪しく思えますが、実はこれ、大手や優良企業であることも多いです。会社の名前だけで人が集まるような企業は、わざわざ社名を出す必要がないからです。
一方、自社HPを持たず、海のハローワークネットにだけ求人を出している零細企業もあります。HPがないこと自体がブラックとは限りませんが、会社の実態を調べる手がかりが減るのは事実です。気になる会社があれば、運輸局の端末で検索すれば会社名が分かりますので、そこからHP検索や船名検索に進めばいいでしょう。
マンニング(人材派遣)会社は慎重に選ぶ
内航業界にも人材派遣会社(マンニング会社)があります。未経験でも登録できる手軽さから利用する人がいますが、注意が必要です。


悪質なマンニング会社には、出港してから「やっぱりそんなに出せない」と給料を下げてくるケースや、雇入契約書を最後まで出さないケースがあります。


マンニング会社を利用する場合は、乗船前に必ず書面で条件を確認すること。「出港してから条件を変える」は典型的なブラック手口です。可能であれば、最初から直雇用の会社を探すほうが安全です。

未経験から船員を目指している方は、まず以下の記事で業界の全体像をつかんでください。
入社前にネットでできる会社調査
面接や訪船見学に行く前に、ネット上で最低限の調査をしておきましょう。スマホで5分もあればできます。
最低限やること
・気になる会社の船名でGoogle検索する(事故報告書がヒットする場合がある)
・求人に企業名を公開していない会社は要注意


面接・訪船で見極めるポイント
電話応対で会社のレベルが分かる
陸上の会社ではあまり考えられませんが、この業界では名乗らずにいきなり条件を伝えてくる担当者や、いきなりタメ口で高圧的な人がいます。
これから働くかもしれない人に対して、電話一つまともにできない会社はその程度です。最低限のビジネスマナーすらできていない担当者のいる会社は、船内の雰囲気も推して知るべしでしょう。
さらに注意すべき電話のフラグがあります。



「電話だけで即採用」は、誰でもいいから頭数を揃えたい──つまり人が定着していない証拠です。面接をせずに採用する会社は、船員をまともに選ぶ気がないか、見せられない事情がある会社です。


訪船見学を申し込む
面接の段階で「一度船を見学させてもらえませんか?」と聞いてみてください。訪船見学を快く受け入れてくれる会社は、船内環境に自信がある証拠です。逆に断る会社は要注意です。
見学時にチェックすべきポイントは2つあります。
①船の状態:サビだらけで傷みが激しい船は、メンテナンスをする時間すらないほど忙しい環境である可能性が高いです。「メンテナンスする暇があったら寝る」という状況が続く船では、船員の疲労が蓄積しやすく、定着率が低い傾向にあります。
②船内の雰囲気:船員の離職理由で最も多いのは「人間関係」です。見学時には船内の雰囲気や船員同士の関係性に違和感がないか注意してみてください。ただし、船員はぶっきらぼうで言葉が荒い人も多いですが、それは単なる話し方のクセで、実は情に厚い人もたくさんいます。表面的な言葉遣いだけで判断せず、全体の雰囲気を観察しましょう。

「おかしい」と思ったらすぐ行動する
入社後に「これはおかしい」と感じることがあったら、我慢し続ける必要はありません。法律を知っていれば、ブラック企業に対しても冷静に対処できます。
内航業界のブラック企業に共通しているのは、「船員が法律を知らない」ことにつけ込んでいるという点です。旅費を出さないのも、手帳を預けるのも、法律上はNGなのに、知らなければ「そういうものだ」と受け入れてしまいます。
実際に、「労基局に相談する」と一言伝えただけで、それまで拒否していた旅費を出してきた会社もあります。知識は最強の防御です。
たとえば、船内での怪我は「当直時間外だから労災にならない」と思い込んでいる人がいますが、これは間違いです。



船員は乗船中の怪我はすべて労災扱いです。会社が「自己責任」と言っても、療養証明書(船に積んであります)を請求する権利があります。「自分の不注意だから」と遠慮する必要はありません。
困ったときの相談先
・労働基準監督署:賃金未払い、安全衛生法違反など
・ハローワーク:離職票が届かない場合
・税務署:源泉徴収票が届かない場合
・国交省の船員向け相談窓口:上記すべてに対応。第三者への相談は客観的で失敗が少ない
国交省 船員向け相談窓口:
https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji04_hh_000236.html
退職の具体的な手順については、退職マニュアルの記事で詳しく解説しています。
まとめ
ブラック船会社の11のサイン
②船員手帳・免状を預けさせる
③乗船延長が常態化している
④休暇の約束を口頭だけで済ませる
⑤ボーナスが異常に少ない or ない
⑥安全管理がずさん(航海日誌の不備・海図記入なし・粉塵防護の未対応・暴風雨中の荷役)
⑦厚生年金や手当を会社がピンハネしている(標準報酬月額の不正届出)
⑧食料金を船長や会社が横領している(船員法80条違反を含む)
⑨定員割れ(欠員)のまま航行している
⑩組合加入を禁止する・退職を妨害する
⑪履歴書の個人情報を漏洩・売買する
求人の見極め方
・求人票の数字を鵜呑みにしない。「給料良い・休暇回る・みんな良い人」の釣り3点セットに注意
・年間休日50〜60日はブラック確定ライン
・「ウチしか雇わない」は洗脳。経験を積めば他社で即戦力になれる
・本当に良い会社は、わざわざアピールしなくても人が辞めない
・マンニング(派遣)は書面なし・条件後出しの会社に注意。可能なら直雇用を選ぶ
・海技者セミナーは出展費がかかるため信頼度が高い
入社前にできること
・訪船見学を受け入れる会社は信頼できる可能性が高い
・不採用になったら、履歴書の返却・破棄を必ず書面で依頼する
入社後に「おかしい」と感じたら
・ねんきんネットで標準報酬月額を確認する
・乗船中の怪我はすべて労災。療養証明書を請求する権利がある
・困ったら国交省の船員向け相談窓口へ
・退職の手順は退職マニュアルを参照
※本記事で引用している口コミ・体験談は、ネット上の掲示板に投稿されたものを編集・再構成しています。特定の個人・企業を誹謗中傷する意図はありません。