

海上自衛隊(海自)や海上保安庁(海保)から内航船員への転職は、実際に一定数存在します。しかし、「船の上で働いていた」という共通点があるだけで、公務員と商船の世界は想像以上に違います。
この記事では、筆者が複数社の内航船会社で見てきた公務員出身者の転職事例と、業界内の率直な評価をもとに、海自・海保からの転職で知っておくべきことをまとめました。
この記事でわかること
- 海自から内航への転職ルートと現実
- 海保から内航への転職ルートと現実
- 海自在籍中に海技免状を取る方法と注意点
- 内航に来てから「嫌われる人」と「受け入れられる人」の違い
- 海技免状(6級〜3級)の難易度目安
海上自衛隊から内航船員への転職
結論から言うと、海自から内航への転職は「可能だが、最初は必ず甲板員(部員)から」です。
海自で艦船に乗っていた経験があっても、商船の実務経験はゼロ。バルブの色や操舵号令など、海自と商船では細かいルールが違います。免状を持っていても、いきなり航海士として当直を任せられるレベルではないのが現実です。
仕事に対する姿勢と、覚えの程度で
甲板手→士官見習いだね


カーゴでも採用はされると思うけど1人ワッチ出来ないと船の中でお荷物扱いされて居心地は最悪だろね

つまり、部員スタートを受け入れる覚悟があるかどうかが、海自からの転職で最初に問われるポイントです。1年も部員をやれば大抵のことはできるようになるので、焦らずに商船の仕事を一から覚える姿勢が大事です。
幹部自衛官の場合
幹部自衛官(士官相当)で、すでに4級以上の実免を持っている場合は、もう少しスムーズです。
瀬戸内で5000トンクラスが通れる所を持っていければ言うことなしだ。
あと船種毎の仕事は乗ってから覚えても1週間ありゃなんとかなるさ。

ただし、これは「免状+操船能力がある」場合の話。免状があっても操船経験がなければ、やはり部員スタートが無難です。
海自と商船はここが違う
「同じ船なんだから大丈夫だろう」と思って内航に来ると、細かい違いの多さに面食らいます。筆者も複数社で公務員出身者と一緒に働きましたが、最初に戸惑うポイントはだいたい共通しています。
海自と商船の主な違い
| 項目 | 海上自衛隊 | 商船(内航) |
|---|---|---|
| バルブの色 | 自衛隊独自の色分け | 商船規格(異なる) |
| 操舵号令 | 軍用号令 | 商船用号令(国際基準) |
| 荷役 | 基本なし | 船員の主要業務の一つ |
| 乗組員数 | 数十〜数百名 | 5〜20名程度 |
| 食事 | 給養員が調理 | 司厨員がいない船では自炊 or 飯炊き当番 |
| 休暇 | 定期的に陸上勤務あり | 3ヶ月乗船1ヶ月休暇が基本(延長もある) |
| 指揮系統 | 軍隊式の明確な階級 | 船長の裁量が大きく、フラットな面も |
特に大きいのが荷役(にやく)の存在です。海自の艦船には荷役という概念がほぼありませんが、商船では積み荷を積んで降ろすのが仕事の中心。タンカーなら配管操作、カーゴならクレーン操作やラッシング、RORO船なら車両の固縛──船種ごとにまったく違う荷役技術を覚える必要があります。
また、商船は乗組員が5〜10名程度の船も多く、一人ひとりの守備範囲が広い。海自のように「自分のマークの仕事だけやればいい」という環境ではありません。甲板の整備、ペンキ塗り、食事当番──何でもやる覚悟が必要です。
乗船中は殆ど休みは無いと思った方が良い
アンカー打っても守錨直あるし暇あれば整備作業
荷役も当然あるし基本走って積んで走って降ろしての繰り返し


海上保安庁から内航船員への転職
海保からの転職は、海自に比べると内航の世界に近い分だけスムーズです。
海保は国交省の管轄で、船の運航に関する教育内容が商船に近い。海自が「軍隊」であるのに対し、海保は「海の警察」。筆者の周りでも、海保出身で船長をやっている人は珍しくありません。
わりと普通

海保→内航がスムーズな理由
海保と商船が近い理由はいくつかあります。同じ国交省管轄であること、港湾での運用経験があること、そして海技免状の教育体系が商船に準じていること。海保の巡視船も商船と同じ港を使い、同じVHFチャンネルで通信しています。
そのため、海保出身者は操船感覚やブリッジワークの基本が商船に近く、内航に来てからの適応が早い傾向があります。海自出身者が「別世界から来た人」に見えるのに対し、海保出身者は「隣の業界から来た人」くらいの距離感です。
ただし、海保と商船の最大の違いは「荷役があるかどうか」です。海保の船は貨物を運ばないので、荷役の経験はゼロ。この点は海自からの転職者と同じで、一から覚える必要があります。
なぜ海保を辞めて内航に来るのか
「使命感でやる仕事」という声もある通り、待遇面では海保のほうが恵まれているケースも多い。

海保の待遇目安(業界内の情報)
- 40歳で年収700万円程度
- 入社10年で年収600万円程度
- 定年まで安泰(公務員)
内航の中小企業で同等の年収に達するには、一航士〜船長クラスになる必要があります。安定性も含めると、純粋な待遇比較では海保に軍配が上がるケースが多い。
それでも海保から内航に来る理由としてよく聞くのは、「自分で船を動かしたい」「組織の縛りから離れたい」「地元に戻りたい」といった動機です。転勤の多さや組織特有の人間関係が嫌で辞める人も少なくありません。

なお、海保には内航とは逆方向のキャリアもあります。海保の有資格者向け試験を受ければ、内航から海保への転職も不可能ではありません。ただし体力試験があり、特に腹筋が鬼門という声も。
腹筋が鬼門なんで,もし受けるなら気を付けて。

海自在籍中に海技免状を取るルート
「海自に入って免状を取ってから内航に転職する」という計画を立てる人もいます。衣食住が保証された環境で免状が取れるなら合理的に見えますが、現実はそう簡単ではありません。
筆者が業界関係者から集めた情報をもとに、海自内での免状取得ルートの注意点を整理します。
「運航に携わる経歴」がつく職種は限られる
海自には50以上の職種(マーク)がありますが、乗船履歴として確実に認められるのは「航海」と「電測」の2つだけです。
攻撃系のマーク(1分隊)でも艦橋での見張り業務を通じて海技士取得が可能な事例はありますが、確実ではありません。希望のマークに配属されるかどうかは、入隊後の適格性審査と適性検査の結果次第です。
適格性審査に半年〜1年かかる
海自で艦船に乗るためには「適格性」と呼ばれる身辺調査をクリアする必要があります。所属団体や交友関係、家族構成まで細かく申請し、結果が出るまでに半年から1年。この間は船に乗れません。
免状の講習調整が難しい
海技試験の受験や講習のスケジュールを調整するのも一苦労です。緊急出港があれば予定は白紙。在籍中に計画通り免状を取るのは、本人の努力だけでは解決できない部分があります。

内航で受け入れられる人、嫌われる人
海自・海保どちらからの転職でも、内航に来てからもっとも嫌われるのは「前の職場の話ばかりする人」です。
見てても、海保は〜海自は〜ばっかり言って全然仕事のやり方覚えてくれなくて

商船の現場には、商船のやり方があります。「海自では〜」「海保では〜」を封印し、一から学ぶ姿勢を見せられるかどうかが、受け入れられるかどうかの分かれ目です。
内航で受け入れられるために
- 前職の話を封印する:「海自では」「海保では」は禁句。聞かれたら答える程度に
- 部員スタートを受け入れる:免状があっても、最初は甲板員から。焦らない
- 商船のルールを一から覚える:バルブの色、操舵号令、荷役の手順──すべて違う
- 勘の良さと協調性:学歴ではなく、現場で動けるかどうかが評価される
勘の良さと自己犠牲精神が発揮できれば周囲は仲間に入れてくれるだろう。

経験者であっても未経験者であっても、内航の世界では「乗せてくれる船に乗って経験を積む」のが最初の一歩です。条件を選べるようになるのは、商船での実務経験を積んだ後の話です。
筆者が見てきた公務員出身者のリアル
筆者は複数社で海保・海自出身者と一緒に働いた経験があります。うまくいった人と、すぐに辞めていった人の違いは明確でした。
うまくいった人は、最初の数ヶ月を「修行期間」と割り切っていました。分からないことは素直に聞き、雑用も嫌がらない。前職の話は聞かれたときだけ、控えめに答える。こういう人は半年もすれば船内で信頼され、1年後には士官見習いに上がっていました。
うまくいかなかった人は、最初から「自分は経験者だ」というプライドが前に出ていました。「前の組織ではこうだった」「このやり方は非効率だ」──こういう発言は、商船の現場では反感しか買いません。結局、船内で孤立して数ヶ月で退職するパターンが多かった。

内航に来てからのキャリアパス
海自・海保から内航に転職した場合、その後のキャリアはどう進むのか。筆者の見てきた典型的なパターンを時間軸で整理します。
公務員出身者の典型的なキャリアステップ
- 入社〜3ヶ月:甲板員として基本作業を覚える。ロープワーク、係船作業、ペンキ塗り、ワッチの補助
- 3ヶ月〜6ヶ月:荷役作業に慣れる。船種ごとの荷役手順は覚えることが多い
- 6ヶ月〜1年:甲板手(当直部員)に昇格。ダブルワッチで航海当直を経験
- 1年〜2年:6級を持っていなければこの間に取得。会社によっては士官見習いの打診がある
- 2年〜3年:4級または3級を取得し、三等航海士に昇格する人も
もちろん、これは順調にいった場合の目安です。船種や会社の方針、本人の適性によって大きく前後します。
重要なのは、海自・海保で培った「規律正しさ」「体力」「船上生活への耐性」は、内航でも大きなアドバンテージだということ。船の上での生活リズムに適応するのに苦労する陸上転職者に比べて、公務員出身者は生活面での適応は早い傾向があります。
問題になるのは技術面(荷役・商船特有の作業)と人間関係(前職のプライド)であって、これは本人の姿勢次第でクリアできるハードルです。

海技免状の難易度目安
海自・海保からの転職を考えるうえで、免状のレベル感を知っておくことは重要です。業界内でよく言われている難易度の目安を紹介します。
免状の難易度目安
| 免状 | 勉強期間の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 6級 | 半月〜1ヶ月 | 「中学生が半月勉強したら取れる」レベル |
| 5級 | 約2ヶ月 | 6級の延長線上 |
| 4級 | 約3ヶ月 | 実免があれば内航でかなり有利 |
| 3級 | 約半年 | ここまで取れば会社を選べるレベル |
あえていうなら、荷役の手伝いくらいかな?

免状がなくても甲板員として乗船は可能です。ただし、免状なしでは配乗上の制約があるため、会社側も採用に二の足を踏むケースがあります。6級だけでも持っていれば、選択肢は大きく広がります。
なお、海自で乗艦証明を発行してもらえれば、当直部員の履歴証明として活用できる可能性があります。除隊前に必ず確認しておきましょう。


まとめ
この記事のポイント
- 海自からの転職:免状があっても甲板員スタートが基本。1年部員をやれば大抵のことはできる
- 海保からの転職:海自より内航に近い。海保出身の船長は珍しくない
- 海自内での免状取得:「航海」「電測」マークに行けるかが最大のギャンブル
- 受け入れられるコツ:前職の話を封印し、商船のルールを一から覚える
- 6級だけでも持っていれば選択肢が大きく広がる
- 乗艦証明は除隊前に必ず発行してもらう